3人の息子との関わりを振り返る|我が家で大きな反抗期を感じてこなかった経験

食卓で会話する両親と3人の息子のイラスト 生活

我が家には3人の息子がいます。これまで、親の私から見て「大きな反抗期だな」と感じたことはあまりありません。

この記事を書いた2025年5月時点では、それぞれ大学生、高校生、中学生でした。

もちろん、意見がぶつかったり、私の言い方で子供を怒らせたりしたことはあります。親が気づいていない不満もあったと思います。

休日に家族みんなで出掛ける機会は減りましたが、一緒に食事に行ったり、食卓で話が盛り上がったりする時間はあります。

こうした関係が、私たち親の接し方だけで決まったとは考えていません。ここでは、子供たちが小さかった頃から、私がどのように関わってきたかを振り返ります。

幼少期での親子関係

子供が生まれた当初、仕事に行く私の立場からすると、妻は赤ちゃんといつも家に居て羨ましいと思う時がありました。

ただコレは大きな思い違いだと後々気づきます。

それは初めて父親として赤ちゃんと二人きりで留守番をすることになった時でした。赤ちゃんは言葉で伝えられないので、泣き声や表情、しぐさから、何を求めているのか考える必要がありました。言葉が通じない赤ちゃんにとって頼りは自分だけです。なにか対処できない事態に陥ったりしないかと大きな不安感にかられました。

妻もそれは一緒で、しかも毎日でした。赤ちゃんと一人で対峙した時に逃れられない孤独というものをこの時に痛感しました。

そんなこともあって、子供が赤ちゃんの時は出来るだけ父母協力のもとで育てたいと考えました。母親にしか出来ない母乳による授乳に対して補助的な哺乳瓶での授乳など出来るだけ育児に励みました。オムツ替え、沐浴からお風呂デビュー、離乳食、外遊び、本の読み聞かせ、紙芝居からの寝かし付け。時間の許す限り子供の日常に寄り添いました。

赤ちゃんの頃の関わりを、子供たちがどれだけ覚えているかは分かりません。ただ、私にとっては、日々の世話を通して子供の様子を知り、父親としてできることを増やしていく時間でした。

振り返ると、この頃から子供の日常に関わってきたことが、その後も一緒に過ごす習慣につながっていたように思います。

小学校での親子関係

小学生では言葉が達者になる一方でまだまだ幼いのでコミュニケーションをたくさん取るチャンスです。この頃は習い事や学習面で色々と時間を使うようにしました。

習い事ではスイミングやサッカーの送り迎えや自主練に付き合って一緒に練習をしました。特にサッカーでは年齢やレベルに合う練習メニューなどを模索、一緒に実践しました。朝練メニューをリストにして渡したり、練習の為の本を借りたり買ったりして読むように促したりしました。

ただこの時の対応として押しつけにならないように気をつけていました。でもやはりサッカーでは試合などで気がつく事があれば指摘し、怒らせたり泣かしたりすることもありました。上手く伝えるにはどうしたら良いか葛藤し、親として成長しなければならないと感じました。

私のせいで子供が気分を害している時はほとぼりが冷めるまで少し時間を置きました。そんな時は妻が仲介に入ってフォローしてくれる事もありました。落ち着いた頃にもう一度会話して、こちらが悪い時は謝り、また少しの時間で考えた解決策を提案したりなどします。

習い事に関しては親としてどうしても熱くなってしまう部分があります。子供の成長への手助けと親の勝手な期待の折り合いをどうつけるか、非常に悩ましいものでした。

学習面では、仕事で時間がない時の関わり方を工夫しました。その一つが別記事にも書いた交換日記です。

子どもが小さい時期の私は子どもが起きている時間は家に居ないのが常で子どもと会話するのは週末のみでした。そこから会話だけがコミュニケーション手段ではないと考えて、文字など筆談のやり取りを思いつきました。

また時間のある週末は宿題でのアドバイス、夏休みは自由研究に一緒に取り組む事などして来ました。

それ以外にも、普通の学習ドリルと違う宮本算数教室の賢くなるパズルシリーズなどを本屋で物色しては子供に渡しました。このシリーズは勉強というよりクイズのような問題なので、子供も取り組みやすそうに見えました。次男などは旅行に自主的に持っていって祖父母に披露するなどしていました。やった後にホメることで継続するように気遣っていました。

勉強以外にも、身近な作業を一緒にしながら学ぶ機会を大切にしました。例えば車のタイヤ交換では、道具の持ち方による力のかかり方や、作業を進める工夫を親子で確かめました。

小学校時代は、こうした作業や習い事、学習を通して、子供と一緒に過ごす時間が多くありました。一方で、私が口を出しすぎて衝突したこともあります。そのたびに伝え方を考え直し、こちらが悪いときには謝るようにしていました。

そうしたやり取りも含めて、親子の関係を少しずつ築いてきたように思います。

 

中学生以降の親子関係

中学生以降になると、父親の私は会話よりも行動で親として信頼されるように意識してきたように思います。

長男が初めて迎える定期テストでは、日程やテスト範囲の把握などから始めました。塾には行っていないので教科書に合った市販の問題集を買ってはテスト範囲と照らし合わせて、やると良いページを付箋などで示したりしました。

下の子に行くにつれて定期テストへの私の関わりは少なくはなりましたが、その分長男が勉強の取り組む姿勢を見せてくれています。

中学の夏休みの自由研究も一緒に行いました。テーマ決めから、実験準備、レポート作成までかなり時間を費やしました。次男からさらに三男と自由研究への私の関わりは毎年恒例のように継続してきました。

その他では、自分自身の日々の行動をサボらないように、スイミング、自重筋トレ、ストレッチなどなど。行動は嫌でも見えるので、やっていないよりはやっている方が周りに良い影響を及ぼすと思っています。

まとめ

3人の息子との関わりを振り返ると、私が大切にしてきたことは次の3つでした。

  • 幼少期は、できる範囲で日々の育児に関わる
  • 小学生の頃は、会話や交換日記、一緒に取り組む時間を大切にする
  • 中学生以降は、言葉で伝えるだけでなく、自分の行動も意識する

ただし、これらを続けたから大きな反抗期を感じずに過ごせた、と言い切れるわけではありません。

私が熱くなりすぎて子供を怒らせたこともあり、妻に助けてもらう場面もありました。親としてうまくできなかったときに、時間を置いて話し直したり、謝ったりすることも大切にしてきました。

子供たちがどう感じてきたかは、親の私から見えることだけでは分かりません。これからも、子供の話を聞きながら関わっていきたいと思います。

男子3人、スマホに黙って向かっている時間もありますが、食事時は争うように話して盛り上がる時もあります。そんな時、私は静かに微笑んでいます。

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