サッカーの話1

サッカーを習い事として始めた

兄弟の中で最初にサッカーを始めたのは次男でした。

最初は未就学メンバーで地域の大会があり、誰でも参加できるとのことで行ってみました。

参加したチームは過去に長男が練習体験をしていて、その縁でお誘いがあったのです。

みんなダブダブのユニフォームを着て、タンゴサッカーを楽しんだようでした。

その後小学校にあがり、改めてチームの体験練習に行きました。

長男の時とは違い、次男は自然と子供達の輪の中に入って行きました。

体験が終わると楽しかったらしく、サッカーをやりたいとの事。

子供がやりたいと言うことを親が止める理由はありません。

そこから次男の中学校の部活まで続くサッカー生活がスタートしました。

チームに入ってからリフティングを鍛えるまで

チームに入った時、1年生は20人くらい所属していたと思います。

最初のうちは練習試合でチーム分けも適当で、楽しくやっていたようです。

2年生くらいになるとA、Bチーム分けをするようになって、チーム内の競争、さらに他チームとの勝敗というのが気になり出してきました。

このあたりからサッカー経験もない親としてどう子供に関わるか試行錯誤が始まります。

まず実力もないのに偉そうな事は言えないと思って自主練に付き合い出しました。

週末の練習も見学に行き、そこでの内容などを子供と一緒に自主練で繰り返したりしました。

あとは、リフティング練習です。子と親ともに数回というレベルでした。

そこから先ずはワンバウンドしてから足先で上げて、それを連続で50回をお互いに目指そうとなりました。

ここから私は家の玄関が狭いので、足に一回当てたら手でキャッチするリフティングを毎日左右100回ずつ行うことを日課にしました。

やってしまえばものの数分です。

これを1週間ほど続け、次は続くときは2回足に当ててからキャッチするということを続けました。

ほどなく50回のバウンドリフティングはクリアしました。

そのあたりでは子供より先に上手くなったために、コツなどを説得力を持って教えられるようになりました。

それでも子供はバウンドリフティング50回も普通のリフティング10回もなかなかできません。

付きっきりでなんとか頑張っても悔しくて泣いては励ます日々が続きました。

「今日できなくても、明日できるかもしれない」「続けなければできるようにはならないけど、続けていればできる可能性は上がる」などと励ましました。

親子で同じような実力で始めたのにパパはできているということも子供ながらに理解もしていたようで途中で折れることもなく我慢して続けました。

そしてバウンドリフティング50回もノーマルリフティング10回もできるようになりそれは嬉しそうでした。

次は回数をさらに増やそうとなりましたが、まだまだ安定せず通常リフティングを10回を超えることがやっとでした。

リフティングボールを家で使うことで練習時間を増やす

リフティングの練習を家でも行えるようにリフティングボールを買いました。

これを毎日10回で良いので手でキャッチリフティングをすることなど、寝る前などにするようにしていました。

やり始めると10回などすぐなので、励ませばそれ以上の回数をやってしまいます。

その頃からチームの中ではリフティングが得意な方になったので自信もついてきたように感じました。

そして3、4年生の時に公式戦の開会式でリフティング大会があるとのことを聞きました。

ここからさらに自主練、家練(いえれん)が軌道に乗っていきました。

そのうち回数は100をこえ、普段やっている時間も違うので親の最高回数を軽く超えていきました。

リフティング大会での結果

開会式はJ1川崎フロンターレのホーム、等々力陸上競で行われました。

リフティング大会は最初は陸上のトラックでなどの決まったエリアで数百人の子供達が広がって最初の30秒間の連続リフティングを行います。

我が子は適当にスペースを空けたところでスタートしましたが、周囲が気になったっか惜しくも30秒間はもたず、ボールを落としてしまいました。

練習では何度もできていたので、悔しかったと思います。親も悔しかったです。

これを機にさらにリフティングを練習をしていきました。

そして4年生初期にあったリフティング大会で成果がとうとう表れます。

まず3年生の時の経験から、最初の30秒間では端の方に行って邪魔が来ないような位置にスタンバイしました。

最初の30秒間で結構な人数の子達が脱落します。チームでも数人残っただけだした。

さらに1分30秒、3分などをクリアし、とうとうトラックの中のプロサッカーグラウンドを使用した最後の競技です。

それはエンドラインから反対側のエンドラインまで落とさずリフティングで進み、しかも速さを競うものでした。

100メートル超の距離をボールを落とさずにリフティングで進む。急いでいけば落とす可能性もあり、落とせばその時点で競技終了です。

うちの子供は安定性は抜群だったので、着実に進みとうとう反対側のエンドラインまで達しました。

他の競合チームでレベルの違う走りながらのリフティングの子達もいる中、30番前後でのゴールでした。

チームではたった一人の成功者でした。正直、誇らしかったです。

思わず子供の名前を大きな声で叫んでしまいました。

これまでの親子での努力、それが実を結んだ瞬間でした。

ここから、次男のサッカーが軌道に乗って進んでいくことになっていきます。

そこでの話はまた別の記事で。

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